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コミュニケーション・バイブル

若林覚

2012.02.01

まず理念

文化施設にも保険薬局にもコミュニケーション戦略が必要と考える。「まず理念は何か」。その理念に基づいたコンセプトは何か。それをベースにビジョンをどう作り、どういったキャッチフレーズで新しいメッセージを発信するのか。そのメッセージをより明快に表現するためにどういう新しいビジュアルアイデンティティ、つまりロゴマークみたいなものを求めていくのか。すべてのコミュニケーション活動の原点だと思う。

理念とは何か

人でも物でも存在する以上、表現欲がある。自分はこういう存在で、こういう考え方で、こうやって世の中に生きているということを、ひとりでも多くの人に知ってもらいたい。その表現欲を生かしてあげなければならない。「われわれは何処から来たのか、われわれは何者か、われわれは何処へいくのか」というポール・ゴーギャン(1848-1903)の絵がある。まさにその言葉の通り。その問い直しを絶えずしていく。そして自分はどんな存在なのかと言葉にする。それが理念になる。それをビジュアルにする。それがロゴマークになる。日本では、それぞれの家に古くから家紋がある。それを参考にルイ・ヴィトンはロゴマークを作った。更には現代美術家の村上隆がコラボレーションして新しいロゴマークを完成させた。「自分とは何かということを突き詰めて考えて、言葉や形にして、世の中の人に対してコミュニケーションしていきましょう、というのが僕の原点」。

これまで

大学卒業後サントリーに入社、最初は営業職だったが、サントリーに入ったからにはサントリーが最も得意とする宣伝に携わってみよう、更には自分がこの宣伝部で生きてきたという存在証明のために、人がやってこなかったことをやってみようと思い、以来、様々なメディアイベント、クリエイティブ活動、また文化事業を企画、実施してきた。サントリーホールも最初の提案者だ。

座右の銘がある。室町時代に能の基礎を完成させたと言われている世阿弥の言葉だ。「一に新しきこと、一に珍しきこと、一に面白きこと」。芸事であれ、世の中の諸事万端であれ、絶えず新しいこと、珍しいこと、面白いことに対する積極果敢な挑戦が必要だ、というものである。企画を考える時も、新しいだろうか、珍しいだろうか、面白いだろうか、世の中の人に役立つだろうか、更にはブランドを作っていけるだろうかと自問自答してやってきた。勿論自分ひとりではできない。「いかに人を巻き込むか」がポイント。巻き込まれた側は巻き込まれたと思わず、自主的に参加したという意識が残りながら巻き込まれている。それが大事。それがやりがい。そのためにはまず自分から動く。

現在

2007年に六本木に新しくリニューアルオープンしたサントリー美術館の副館長・支配人を務めていたが、顧問に退いたのを機に、「美術館の命は学芸員にある」と大学に通い直し学芸員の資格を取得。その資格を手に、初めての民間からの抜擢で25周年の節目を迎えた練馬区立美術館の館長に就任した。練馬区立美術館は日本の近現代美術を得意とし、2,850点のコレクションを持つ。「知る人ぞ知る作家に光を当てて、世に出すのを得意としてきた。更にこうした傾向に拍車をかけようじゃないか」と意気込む。これまでに培ってきたコミュニケーションの知識と知恵と人脈をもとに、新しい風を吹き込む。まずは顔づくりからはじめようと、美術館のキャッチフレーズを作り、区民の公募で選ばれた最優秀作品をもとに、ロゴマークを作った(前号登場の葛西薫氏ら、日本のトップデザイナーがフィニッシュワークをしてくれた)。展覧会は、ちょっとした観点でPRのネタになるかどうかを判断する。新聞社の共催、大使館の後援、団体の助成、企業の協賛も積極的に取りに行く。

アイデアの来るところ

次々と湧くアイデアはどこから来るのか。物づくりには「データ・アンド・クリエイティブ」が大切と言うけれど、あまりデータは好きではない。自分の経験やネットワークから出てくるアイデアをもとに具体的に肉付けしてやっていくかどうかを判断する。ぱっと浮かぶというより、なんとなくそういうことをやったらものになりそうだな、というアンテナを絶えず張り巡らせておいて、そのアンテナに引っかかってくる情報や人や知識をうまくミックスしてひとつのかたちにしていく。例えばサントリーホールは、サントリーのオーナーが自分のホールを作りたがっているなとアンテナが感知し、都心のいい場所にいいホールの提案をすればきっと実現できるぞと考えた。

ひとりの時間

山登りが趣味で月に一度は山登りに行く。遭難しかけたこともある。かつては厳冬期の中央アルプス全山縦走や、ひと夏、北海道日高山脈全山縦走などをやった。「ひとりでいる時間の方が好き」。絵を見るというのは完全にひとりの時間。その絵を描いた作家と絵を通して対話をしている。向こうの魂とこちらの魂が触れるかどうかというのが絵に向き合う時。絵の見方としては、「最初は、あまり真剣に向き合わないほうがよい」。展覧会ではまず初めにランスルーする。少しでも気になった絵があったらもう一度戻ってじっくり見る。左脳的な見方は最初の解説文からじっくり読み、順序立てて丹念に見ていく、右脳的な見方は気に入った作品に飛びついて深く見ていく。人それぞれだが、「私はどちらかというと右脳的かな」

・・・・・

「美術館の前の広場に動物園を作りたい。彫刻のね」と若林さん。小さいころからそんな風に人を巻き込んでいくタイプだったのですか? という質問に、「いいえ、僕はシャイでしたから」と目をふせる。思えばインタビュー中、なかなか目を合わせてくれない若林さんの目を見よう見ようと必死に見つめていた。時たま目が合うと少し茶色がかった瞳はすぐに流れた。そんな風に自然に、気がつけばこちらが自主的に身を乗り出している。生まれながらにして、そんなシャイな一面さえも、人を巻き込んでいく若林さんの稀なる素質のひとつなのだろう。

取材・写真 篠田英美

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