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コミュニケーション・バイブル

福原徹

2012.05.23

コミュニティを横断していく

コミュニケーションの苦手な人は「緊張する」ということがまずある。例えばあるパーティですごい大物の人と仲良くなろうという時に、普段そういう機会がないと緊張する。けれど常にそういう状況に自分を置くようにしていると、当然「一個の失敗が相対され」、慣れる。「慣れ」というのはコミュニケーションにおいては最大の武器だと思う。

自分は中学高校時代、男子校に通っていたので、6年間でまともに口をきいた女性は母親だけだった。そんな自分が大学進学で上京し、コミュニケーション能力を上げて、女の子と普通に喋りたい、女の子にもてたい、というのが一番重要な優先事項だった。アルバイトもサークルも全てコミュニケーションが必要とされる場所を選んで身を置いた。一時期、「人を褒める」ストリートパフォーマンスをしていて、バラエティー番組に出ていたこともあったが、その時に共演した芸人さん達にかなり鍛えられた。本当にすぐにでも逃げ出したい状況がいくつもあったが、それがあったおかげで普段の生活ではコミュニケーションでほぼ緊張しなくなった。

そんな風に、自分が緊張する場所、自分にとってアウェイな場所に身を置く、つまり「コミュニティを横断していくこと」で人は鍛えられる。例えば、僕は本を書いている。すると出版業界の人達から優しくしてもらえる。でも、スタイリストやモデルや俳優の人達の「ビジュアルイケてるコミュニティ」へ行くと、すごく肩身の狭い思いをする。確実にする。けれど、敢えてそこに突っ込んでいく。そうやってコミュニティをスライドしていく。逆に、楽な場所にはあまり行きたくない。とにかく、物作りでも、コミュニケーションでも、何かを攻略していくのは楽しい。自分が成長する感覚がある。新しいコミュニティではピラミッドの底辺から、0から始めなければならないので当然ストレスがかかる。どっと疲れるけれど、それを繰り返していくと楽になっていく。

矛盾するようだけれど、次々にコミュニティを横断していくという、自分からアプローチする行為を積極的にすることと、同時にそれを恐れている人はコミュニケーション能力が高まっていく可能性が大きいように思う。つまり「この一言を言ったら相手がどう感じるか」ということに対する突っ込みが自分にできている人は、ある種敏感な人。コミュニケーションに必要なのは実はその両輪。「攻める」ことと「恐れる」こと、その摩擦が必要。

コミュニケーションは目的次第。欲望の赴く方へ行こう。

「そもそもコミュニケーションは手段でしかない」。お金を稼ぐ、出世する、何らかの夢を叶える、そういった目的が強くあれば、コミュニケーション能力はついてくるものかも知れない。目的が強ければ、人と会う場面でも自分からアプローチする。するとどんどん慣れて、そのうちどこへ行っても怖くなくなる。

そして「人間は経験からしか学べない」。コミュニケーション本を何冊読んでも、コミュニケーションはうまくならない。自分は18歳で大学デビューしようという時に、カッコいい先輩に必死に食らいついていくという行為を通してしか学べなかった。時にはネガティブな経験も成長するためには不可欠。けれど、ネガティブな経験は自分では選びとれない。それは生きる論理に反するから。ではどうするかというと「好奇心の赴くままに行動していけば、ネガティブな経験もポジティブな経験もいやでも流れてくる」。だからやっぱり挑戦し続けなければいけない。自分が現在挑戦している、出版社を作ることや人を育てることは、単純に好奇心。どうなるか分からない、でも面白そうだからやってみよう、ということでやっている。2年かけて分かってきたことは、「人は褒めなきゃ伸びん」ということ、そして「やっぱり愛だな」と思っている。

結局は、人は「欲望のベクトル上でしか成長できない」。女の子にもてたいとか、人に認められたいとか、美味しいものを食べたいとか、そのライン上で人は学んで成長していく。そのことがもっと社会に浸透すれば教育も変わるし、面白くなると思う。「人を喜ばせたい」という欲望はあっても、「人に迷惑をかけたくない」という欲望はあり得ない。「人から嫌われないように」ではなく、「好かれたい、もっと好かれるにはどうしたらいいか」という気持ちが、人を成長させる。今からでも遅くはない。自分のやりたいことの線上でもっと色々と学んでいくと成長は早いと思う。ちょっとでも興味のあることがあったら、そこを掴みに行く。世界に対して心を開くと、世界も心を開いてくれる。「なぜコミュニケーションが上達したいのか、自分の欲求がどこに向いているのか」を知ることがコミュニケーションの上達の近道かも知れない。

究極の目標

社会には、強いものが強くなり、弱いものが弱くなるという大きな法則がある。これは自然なことだけれど、このことにすごく腹が立つ。弱きものは強くなればいいじゃないか、そして強きものは弱くなればバランスがいい。でもそうはならない。生まれつきお金がある、お金がない、格好いい、格好悪い、そういう不公平を、フラットにするような自分のメッセージで埋めたい。顔が全員一緒になればいいとは思わない。けれど、どんな状況に生まれても、満たすべき幸せはたっぷり用意されていて、実は今満たされていない人が最も「幸せの貯金」を持っている、そのことを伝えたい。それを知らずに自殺しちゃう人も世の中にはたくさんいる。不可能と思えたことが達成できた時は途轍もなく気持ちがいいし、それは全く起こり得ることなんだということを知ってもらいたい。勿論、知りながら選択しないというのであればそれでもいい。本当に夢の強い人は誰に教えられなくてもやっていくのかも知れない、自分もそうだった。ただ僕はそれを世に伝えたい。

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「今原点回帰しています」。一通り興味のあることを試してみて、「やっぱり本当に好きなものって意外と変わらんなぁ」と思っている。そんなわけで17歳で封印した漫画を再開し、最近は漫画喫茶によく行く。漫画喫茶が素晴らしいのは、そんなに値段が高くなく、将来どんなに夢破れても、少なくとも漫画喫茶には行けると思うので、ということは、ここが楽しければ楽しいほど自分はまた夢を追える。いよいよ楽しくなってきた。

今考えているのは、テーマパークを作りたいということ。夢の国に行くのではなくて、現実で夢を叶えるような、アトラクションに乗った後に、現実の見え方が変わってしまうようなテーマパーク。「負けず嫌いで完璧主義」の水野さんなら、どんな0からの夢も攻略できそうだ。 「次回、水野愛也を紹介するっていうのもありですか?」と願ってもみないご提案、ぜひいつか恋愛コミュニケーションの達人、『LOVE理論』の恋愛体育教師・水野愛也先生にご登場願いたいものだ。

取材・写真 篠田英美

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