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コミュニケーション・バイブル

引地幸市

2011.11.09

コミュニケーションは伝え合い

「滑舌が悪くて、早口で、おまけに無アクセント地帯出身なんですよ。いろんな意味でハンデがありまして」。けれど「ハンデがあってよかったな」とも思う。コミュニケーションとは「相手の気持ちを分かった上での伝え合い」。ハンデがあったり、苦労したり、悲しい体験をした人の方がより深く相手のことが分かる。痛みや重さを知っている人のコミュニケーションはより熟していると思う。

なかなか難しいことだけれど、コミュニケーションにおいては自分をさらけだすのが一番いい。弱みや欠点、謙虚さがあるといい。失敗した方が笑ってくれて仲良くなれる。マイナスでもいいから特徴があるのがいい。人も企画書も完璧じゃなくていい。それがきっかけとなり、他者の参加性ができる。

文化放送では、企画書を年間およそ500本書いた時期もあった。完璧な満点企画書は通らない。こんなに完璧な企画書なのにどうして通らないのか、と思った。一番いいのは83点。相手の意見が残りの17点。ヒントをもらって出直す。自分の意見が入れば相手も力が入り、企画も通りやすい。スポンサーもお金を出してくれる。満点企画書は独りよがりでつまりは自分にとってのイメージでしかない。

思い出の生活情報局

36年勤めた文化放送で一番強く印象に残っているのが、生活情報局のこと。14年余り続いた生活情報局に約10年在籍した。ある日、各セクションから自分を含めた6人が集められ、スタートした。当時41歳、営業局でプランニングの担当をしていた。野次馬で好奇心旺盛なところを見込まれたのだと思う。告げられたのは「文化放送は放送局をやめる」。「受信局になる」との宣言。これからの時代、生活情報を持っていて、送りたい人はいっぱいいる。それらを集めて、必要とする人たちへ媒介することが大事なんじゃないか。その人たちの力をお借りして、送り手というよりも伝え手になろう。当時「生活情報」や「生活者」という言葉もまだ一般的ではなかった。まったく新しい試みだった。

NTTのホームファックスを50台借りて、30代から40代の50人のミセスを募集。「あなたの家にファックスをお貸ししますので、こちらからの質問に答えてくださいね」と50のステーションを1都3県に作った。いろいろな質問を投げかける。「クリスマスはどう過ごしますか」「靴を何足持っていますか」「友達は何人いますか」時には白紙で「なんでも好きなことを書いてください」。いろいろな顔を持って、こまごまと動いている多面的な主婦の姿が浮き彫りになり、生活情報局の母体になった。聞き耳を立てるといろいろな声が聞こえてくる。受信するシステムをいかに作るかが大事。また、50人から来た情報をまとめて生活情報通信として必ず返す。自分の意見が生かされ、情報ではないと思っていることが意外に情報なのだと気付く。一方的に情報をもらうのではなく、こちらからも情報を渡し、また送ってもらう。こうして生活者の日々の小さな物語を吸い上げて情報にし、また一方で、企業が何を考えているかを生活者に伝える。まさに情報の媒介、伝え合い。

やがてファックスが次には100人のミセスたちのパソコン通信になりと、コミュニケーションの機能や仕組みは変わっていったけれど、原点にある人間の感情や気持ちは基本的には変わらない。変わらないものは何かということを常に思っていて、そこで話ができれば一番いい。

言いたいことはジェットコースターで

まちおこしを頼まれて地方に行く。そこでラジオCMを作ってもらう。20秒100文字くらいで自分の町のCMコピーを作る。テレビっ子たちは苦労する。

ラジオCMは言葉の世界。敷居は低いけれども深い。コツは数多く書くこと。「量は質に変換する」。いろいろな体験をすること。体験の深さや大きさが言葉に反映する。そして何事にも基礎は大事。基本を学んで訓練してコツを自分なりに会得する。感性やこだわりや物の見方、軸、作風、取り組み方、表現の仕方など、原点がないと厳しい。いい本、いい作品を見たり、聞いたりして真似をする。

コミュニケーションにもスキルがある。たとえば、話の中に一番言いたいことと、わざとなんでもない話を入れる。すると、一番言いたいことが引き立つ。一番言いたいことだけを言っていてもなかなか伝わらない。ジェットコースターと同じで、第一の山と第二の山、ひとつだけだと物足りない。英語に強いアクセントと弱いアクセントがあるように。遠近法で、小さい山を入れると大きい山が大きく見えるように。そんなスキルや基本を習って繰り返すうちに、自分なりの方程式が見えてくる。

もうひとつスキルを伝授。名演説をする人は同じことを2回言う。ただし、最初は速く短く、なんだろうなと思わせて、2回目はゆっくりと大きく言う。メッセージがぐーんと入ってしっかりと伝わる。大事なことは2回言いなさい。ただし、バリエーションをつけて。

・・・・・

引地さんの話は終わらない。きっと永遠に、ラジオのように。間が大事と言う割に、間がないけれど、聞き終わった後に温かなぬくもりが残る。なぜかと考えたら、特に誰かのことを話す時の情熱と情報が凄まじい。人の能力を的確に見抜き、実に人が好きで、知りたいという気持ちがあるのだと感じた。人と人をつなぐ媒介であれ、という会社「ミディアム」を率いる引地さん。独立してよかったことは「好きなことしかしていない」こと。信頼し尊敬する相手と等価値交換のできるイコール・パートナーでありたい。今日も誰かと誰かを繋ぐ。フットワークは軽く、イベントはなるべく見逃さない。晴れ男だから、引地さんの頭上にはいつも太陽が燦々と輝いていることだろう。

そして最近、絵本作家になるための30年計画をスタートさせた。

取材・写真 篠田英美

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