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コミュニケーション・バイブル

葛西薫

2011.11.02

薬局のイメージ

「薬局といえば思いだすのはヨーロッパのファーマシーのネオンサイン。正方形の中に緑十字が大きく配置されていてすごくいいデザインだなと思った。郵便局のような公共のにおいがある。とても分かりやすい目印で、ともかく、ここに駆け込めばなんとかしてくれるという安心感があります」

一方、日本の薬局といえば、「痔でお悩みの方に」「どもりで困っている方」などのびらが店頭に貼られた様子が頭に浮かぶ。あるいは子どものころ、一年に一度家にやってくるあの富山の薬売りのことも思いだす。整然と並ぶ薬の美しさや入れ物の美しさをよく憶えている。日本とヨーロッパのどちらにも言えるのはそこに、薬局とお客さんとの間のある決められた交流があるということ。それは薬局ならではのコミュニケーションのあり方と言える。

ヨーロッパの緑十字のように決まったサインのない日本では個々の薬局のロゴタイプが薬局の存在を知らしめる目印となる。

ロゴは顔

「薬局のロゴ作りというのは、実は名前を決める時から始まると思うんです」。そこにはどんなお店を目指すかという主義や考え方が反映される。たとえば、子どもやお年寄りに居心地がいいお店を目指す場合、「鷺沼薬局」を「さぎぬま薬局」としたりするのはひとつの方法。信頼感やゆるぎない感じを出したいと思えば、びしっとした名前とロゴになる。

ロゴに対していつも思うことがある。それは「いいロゴタイプというものはない」ということ。そのロゴがよく見えるか悪く見えるかはお店の活動による。ロゴは顔であり表札だから、お店の活動はロゴタイプに対して責任を持たなければならない。良い活動が伴ってはじめてロゴがイメージを発する。どんなロゴタイプにするかは最小限なことを守ればいい。

最小限なこととはなにかというと、品質。ロゴは構造物、建築物だと考える。堅牢でなければ長く使えない。がたがたしていたり、読みにくかったりしてはよくない。個性は順序としてはずいぶん後からやってくる。思えば、ロングセラーのデザインは凝っていないものが多いと思う。デザイナーはとかくデザインしたがるものだけれど、まずネーミングだけですでになんらかの香りがあるもの。だから我慢してデザインを過剰にしない。そうするとその名前が生きてくる。

「自分ではなにも感じなくなったら完成だという感じがします」。個性的でありたいがために、余計な飾りをつけたり、書体を凝ったり、どこか無理をしているとか……そんなことをなにも感じなくなったら完成の時。それと、素朴さや無骨さが魅力に変わる場合もある。品質にこだわりすぎると、本来の生々しさや荒々しさがなくなるから残した方がよかったりもする。それは無意識に生まれるものであって作りだすものではないかもしれない。

あくまでも依頼主らしさが出るようにデザイナーは考えるべき。この薬局はこうなってほしいということ。かつて「アイデンティティ」という語句を司馬遼太郎さんが「お里」と訳した。お里、または自分の立脚点を忘れた無理をした表現はいけない。とりわけ薬局には心身のつらい人が来る、弱っている人が来る。そんな人の気持ちになるのが一番大事だと思う。デザインとは相手の気持ちになること、その行為。見る人の気持ちになる、言葉の気持ちになる、文字の気持ちになる、それらが喜ぶ地点を探すこと。

考え方の変容

「今はこんなことを言っているけれど、10年前20年前の自分のデザインするロゴはもっと荒削りでした」。夢中だった分、へたくそぶりが魅力に見えることもある。今はいろいろなことが見えすぎていると感じる。もうちょっと無邪気になってもいいんじゃないかなと思う。若いころは「ソニー」のオーディオの仕事で技術進歩の日進月歩に付き合った。そして50歳を過ぎてから500年近い歴史のある「とらや」の仕事に巡り合った。車輪の回転の速さがまったく違うその両方が、それなりの年齢の時代に経験できたのは運がよかった。「とらや」では歴史の一部に加わることができて、自分ができるのは今あるものをよく見つめて、整えるくらいが精いっぱいだと知れたことがうれしかった。

子どものころ、大人の男の人にあこがれていた。懐の深い目で見てくれている安心感。乙なことを楽しみ、自分に合ういい道具やいいものを愛用していた大人たち。デザインする時もそういう感じにあこがれる。今はスピードの時代で、なんでも反応を急ぐ。熟成する、待つ、その時間に夢想する、といった本来ある楽しみを奪われている気がしてならない。高画質のテレビ、そんなにクリアにすべてを見たいのだろうか? 闇から想像する世界の広さがすべて明るみになってしまってつまらない気がする。人は進歩せずにはいられないものらしいけれど、その爆走のスピードを緩めて「深化」してもいいのではないかと思う。デザインも「尖ってすごいだろ」じゃないところに本当のデザインがあることを忘れずにいたい。

コミュニケーション

「伝えたはずだと思うのに伝わっていないことってすごく多いですよね」。伝わるということは感情にかかわること。どうしてもわかってもらいたいという迫力が必要。たとえば、うれしい気持ちを伝えるには、メールより手紙だったり、肉声かも知れない、即刻かも知れない。デザインとは伝わると伝えるの間の溝を埋めるコミュニケーション。人のことを思い、自分の経験に照らし合わせるしかない。まわりを見て決めるのではなく自分のことを思って決める。同じ思いの人が必ずいる。するとそこに共感が生まれる。人のうるおいに関わり、なぜか知らないけれどまたそこに来たくなるような、そんな仕事ができるといいなと思う。

やんちゃな人

薬包紙を五角形に不思議に折った美しさ。広げて三角にして口に当て、頭を傾けて薬を流し込む。行為に連なる美しさ。良薬口に苦しという言葉はあの仕草と一緒に思いだすという葛西さん。まさに"シック"な気持ちになれる。シックに寄り添うシックなデザイン。痛いねと言ってくれる寄り添い方のほうが、元気元気、大丈夫大丈夫と言われるよりも好き。そういうさびしいデザインが薬には合っているかも知れない。「あ、シックなんてうまいこと言ったな」と眼鏡の奥で笑う瞳は、まだまだやんちゃで野生の動物のように澄んでいた。

取材・写真 篠田英美

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