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コミュニケーション・バイブル

美月あきこ

2012.04.11

感動を与える仕事

キャビンアテンダントになりたいという熱い思いを胸に、高い倍率をくぐり抜けてやっと合格すると、訓練部での厳しい教育の日々が待っている。お客様に接するということは、友達に接するのとは違う。上司に接するのとも違う。まず教わるのは「お客様の期待を絶対に裏切ってはいけないということ。それから、できれば感動を与えなさいということ」。つまり、お客様はお金を払って飛行機にお乗りになるのだから、そこに約束されたものをきちんと返さなければいけない。それから、空の上を旅するということで、それでひとつの感動はあるけれど、更に人と人とが出会った感動を与えること。あの時、あの客室乗務員に会って、こんな言葉を掛けてもらったとか、自分の時だけでなく他の人に接している時もあんな風に微笑んでいたとか。忙しそうに下を向いてジュースを注いでいる時も、いつもにこにこしていると、人はそれを見るだけで気分が良くなる。そういう意味でお客様に快適な空間を提供しなさいと教えられた。けれど人それぞれ感動の壺は違う。そのためには観察が必要。

ウォッチ(観察)する

「え?いつも見られているんですか?と思われそうですが、絶えずウォッチはしています」。基本的には、飛行機の中での時間はお客様の時間なので、積極的には声を掛けず、ご要望があればそれに対応する。けれど、無口なお客様がいたら、この方は声を掛けてほしくない方なのか、それとも本当は掛けてほしいけれど、シャイでなかなか自分の気持ちを表さない方なのか、もしかしたらご立腹なのか、ということを知るために観察する。このようなウォッチ(観察)はサービス的な要素であると同時に、保安要員としての責任でもある。お乗りになった時に顔色が優れなかったり、フライト中に体調が悪くなったりすることがあるので、絶えず観察し、気にし続けている。

観察と言っても、ただジーッと見ていたら怖いだけ。コツは、その方のジェスチャー(仕草)を見ること。気持ちが落ち着かない方は貧乏ゆすりをしていたり、上半身が動いている方は、何か気になることがある方。何か気になることがあるけれどそれが満たされない、本当は言いたいけれども、今は言っては悪いかなと思っている時は上半身が絶えず動いていたりする。ご本人が意識していなくても体がサインを出している。それをウォッチする。

釣られずに、チェンジする

例えばイライラしているお客様に接していると、ついついこちらも釣られてイライラしてくる。そこは感情を抑えて柔らかく接すると、今度はお客様がこちらに釣られてだんだん落ち着いてくる。人間関係は「釣られる」というのがひとつのキーワードで、感情は一定ではないので同じ職場で働く同僚も気分の良い時と悪い時があり、気分の悪い時は刺々しい話し方をされて、こちらも釣られてその調子で返してしまったりする。このままだと悪循環に入ってしまうので、それを食い止めたりチェンジしたりすることをする。そうするとその場を自分に良い空気に変えることができる。それを他人任せにしてしまうから皆さん辛いのではないでしょうか?

場の空気をチェンジするには、「ありがとうございます」や「いつも助かっています」、「お陰様で」という言葉をちょっと添える。それだけで相手の受け取り方が随分変わる。そうした挨拶や、ステイ先で「帰り便ご一緒します」と手紙を書いてホテルの部屋のドアの下からすっと入れておいたりすると、それが自分のメッセージとして相手に届き、それをきっかけにしてお目にかかる前からコミュニケーションが成り立つ。

ファーストクラスで働いていた時に、創業社長の方々が声を掛けてくださったちょっとした一言によって、人間はこんなにも変わっていくのだと感じた。だから「自分の周りを変化させたいと思ったら、ちょっとした言葉掛けをしてください。そうすると絶対に皆さんの環境自体が良い方に変わっていきます」、と講演でも話をする。自分の言葉や行動はメッセージとして相手に伝わる。組織の中で働く人間として、やはり言葉を相手にちゃんと伝えて行く、メッセージを伝えて行く、ということは人をとても勇気付けるし、それを発した人間も元気になれると思う。言わなくても分かるだろう、ではなく、敢えてメッセージを伝えると、他の人とは違う場を自分自身で作り上げることができる。

クレーム処理の女王

機内ではクレームが多い。お客様間のトラブルや、客室乗務員に対するクレームもすごく多い。そんな時にお客様がそもそも何で腹を立てていらっしゃるのかということを遡って考えるようになった。今表面化していることはほんのきっかけに過ぎず、実はその前から起こっていることがあったはず。たまたまきっかけとなる嫌なことが起きたので一気に不満が表出してしまった。そういう時に、目の前の出来事だけをどうにかしようとアプローチしても根本的な解決にはならない。その前にあったことを炙り出していかないと解決しないということが分かったことで、不思議とクレーム処理が楽になった。例えば隣の人が足を投げ出しているというクレームの場合、もともとシートピッチ(旅客機の座席間隔)が狭いことでむっとされていたり、しかも朝が早いということで機嫌が悪かったり、それに気が付かない客室乗務員だったり、ということがそのクレームの前段階として考えられる。やり取りの中で、シートピッチも狭いですし、本当に申し訳ございません、ということをちょっとずつ入れていくと、理解してくれていると安心して下さり、気付いてくれてありがとうと逆に感謝されたりする。もしかしたら、こんなこともそうじゃないですか、あれもそうじゃないですか、と言って差し上げる、それは「理解していますよ」というメッセージとして伝わる。

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夢は宇宙旅行。宇宙に行ったら、そこから地球を見て、写真をパチパチ撮りたい。「宇宙服を着て写真を撮りたいです。すごいミーハーなんですけど」と言ってあははと笑う。 年間183回の講演。半年先まで予定がある。飛行機に乗ったり、新幹線、在来線、フェリーを乗り継いで全国各地へ赴く。出張で飛行機に乗る時は、整備士さんが汚れたつなぎを着て旅客機に向かって「私達が安全に整備しました。行ってらっしゃい!」と手を振る姿に、子どもの頃に初めて見た時と変わらず、今も胸がじーんとするのだそう。そんな美月さんの背中を思い浮かべてこちらもじーんとする。

取材・写真 篠田英美

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