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コミュニケーション・バイブル

佐渡島庸平

2012.03.28

向く方向

「コミュニケーションって、誰とどう話すか、が重要であって、正しい台詞でも違う方を見て、違う口調で伝えたら、全く意味がありません」

コミュニケーションの間違え方は大きく分けて2パターンある。一つは向き合い方の間違いで、もう一つは向き合う相手の間違い。

まず、向き合い方の間違いについて。世間でしっかり正しく向き合って行われるコミュニケーションは、そんなにない。たとえば「責められたくない」と思いながらコミュニケーションをする。リスク回避を優先するあまり、発言する時にそれを伝える相手に正面から言わず、僕がこう言ったのを皆さん聞いておいてください、と横にいる他の人に向かって話してしまう。そうではなくて、怖がらずに伝えるべき人にしっかり向き合う。そうすると自然と心を打つ。怖がっていたのは杞憂だったと気付くはず。コミュニケーションに必要なのは、特別なアイディアではなく、相手と向き合う姿勢だと思う。

次に、伝える相手の間違いについて。自分が広告のコピーライターなら、世間を感動させよう、ではなく、その開発の肝になった技術者が、「分かってくれる人がここにいたか」と泣いちゃうような宣伝を考えたい。つまり一番分かっている人の心に深く刺さる宣伝コピーが、結局は世間にも通じるはず。しかし多くの場合、コピーライターは、広告を観る人や、決定権のあるクライアント、もしくは広告代理店を向き合う相手と考えているように感じる。そんな風に初めから、マス相手にコミュニケーションをしようとしても、失敗してしまうだろう。それよりも1対1の良いコミュニケーションをすることが、周りに波及し、最終的にはマスとのコミュニケーションに発展する。

作家の仕事、編集者の仕事

編集者の場合、向くべきは作家ではなく読者の方。作家に気持ちよく書いてもらう環境を整えるのも大切だが、最終的な目標は、作家が書いたものを読者に届けること。作家の機嫌ばかり窺って、売れないものを出すのも、作家の代わりに自分が創ろうとするのもダメ。ものを創るのは作家の仕事。作家と読者を橋渡しするのが編集者の仕事。

「東大は簡単だ」がキャッチフレーズの『ドラゴン桜』(三田紀房作)では、三田さんの漫画と家に漫画を置かない教育熱心なお母さんの橋渡しをしたかった。だから、背表紙を黒にして漫画にしては控えめなデザインにし、リビングにも置きやすいことを考えた。

また、編集者は、まだ世間に知られていない作家を読者に認知してもらうための橋渡しの方法も考える。

現在、「週刊モーニング」で『宇宙兄弟』を連載中の小山宙哉という作家は、新人の時から担当している。新人の彼と接し、天才だと思った。世間に彼のすごさを理解してもらいたい。そこで、誰も描いたことのないジャンルを提案した。誰も描いていないジャンルを面白く描ければ、すごさが伝わると考えた。スキージャンプがテーマの『ハルジャン』と、70歳の泥棒おじいちゃんが主人公の『ジジジイ』。残念ながらその2作はさっぱり売れなかった。戦略が間違っていた。今度は逆に、多くの人が挑戦したことのあるジャンルで新しい面白さを描けば、才能が伝わると考えを改めた。それで提案したジャンルが「宇宙」と「家族」。宇宙をテーマにした創作物は多くあるけれど、宇宙飛行士のネタでこんなに日常生活に寄り添い、笑えて、格好良いものは小山さんにしか描けない。

誰も見たことがない料理を食べに来る人はなかなかいない。たとえ、その料理が食べれば美味しいとしても。でも「牛丼」ならば、どんな味でも食べに来る人はいる。見たことがない料理は、美味しさを人に伝えたくても言葉がないけれど、それが「超美味しい牛丼」であれば話題になる。

それと同じで「宇宙」、「家族」がテーマであれば、「面白い宇宙マンガあったよ」「家族マンガ見つけたよ」と話題にしやすい。

じわじわ、じわじわ

「時代に合わせようとは思いません」。「時代」なんてどう予測できるのか分からない。自分勝手な自分は、それが好きかどうかだけを重視する。だから担当した本が、出すとすぐにベストセラーなんてことは一度もない。けれどありがたいことに、じわじわ、じわじわ、売れる。

『ドラゴン桜』は、1巻が初版3万部、2巻は初版2万部で、3巻で編集長に「そろそろ終わり方を考えるように」と言われた。すごく面白いと思っているのに、不本意な形で終わるのは残念すぎる。そこで必死に宣伝方法を考えた。この漫画の魅力は、本気の受験生のためにもなるところ。そこで、書店の「コミックコーナー」だけでなく「参考書コーナー」にも置いてもらえるよう書店に頼んだ。そういった施策が効果を生み、ドラマ化もされ、21巻累計で600万部のヒットとなった。

担当した作品が売れているのは、自分に見る目があるからではない。どの見る目も正しく、どれも一個の意見で、偏見であり、僕には僕の偏見しかない。「自分が持った偏見と世間の価値がずれていた時に、違和感を感じられるかどうかが、編集者の才能」。その違和感に対峙して、世間にも分かってほしい、と努力できるかどうか。その努力の量が、作品を売ることにつながる。努力する時の心の支えは「作品が面白い」という気持ちだけ。

売れなかった時に、時代のせいにするのはちょっと違う。編集者として「面白い」と感じ出版したなら、その気持ちに責任を持ちたい。自分だけでなく、多くの人も「面白い」と言うまで寝食を忘れて粘る。その粘り、「自分の気持ちを大切にして押し通す力」が自分の強み。

世界でヒットする漫画を作ってみたい

作家を成長させるのは、編集者のアドバイスではなく、たくさんの人に読まれる緊張感。作家を劇的に成長させる魔法のアドバイスなんて存在しない。だから、作家が自然と成長していける環境を整えるのも、編集者の重要な役割だと思う。

小山さんは、もう既にたくさんの人に読まれる緊張感を経験した。更に成長するには、次の新しい環境が必要、そう考えて『宇宙兄弟』の映画化を進めた。映画に携わるクリエイター達が原作より面白いものを創ったら、負けず嫌いの小山さんはもっと面白くしてやるぞ、と闘争心を湧かすだろう。映画が大成功して、原作が多くの人に読まれるのも嬉しいが、何より嬉しくなるのは、映画のラストより面白い漫画のラストが上がってきた時だと想像している。

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作品は、作家から届く深い手紙。おそらく世間の読者より、自分が一番感動している。究極的な自分オリエンテッドが究極的な他人オリエンテッド、と語る佐渡島さんの感動の鳥肌が、また彼を奮い立たせる。そして言う、「石橋を叩いて渡るかどうか、それは渡った方が絶対にいいです」

取材・写真 篠田英美

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