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コミュニケーション・バイブル

川村元気

2011.12.07

コミュニケーションは変化していく

「この人はこうだろうとか、あの人はあぁだろうとか。そういうものを決めてかかる程、乱雑なコミュニケーションはない」。人は悲しい時もあるし、嬉しい時もある。体調がいい時も、悪い時もある。その人の立場や経験でも変わる。絶えずお互いが変わっていくもので、それに対して想像力を持てるか、ということだと思う。自分も変わっていくし、相手も変わっていく。その上でコミュニケーションも変わっていかないといけない。それを意識している関係がいい関係だと思う。上司と部下、同僚、友人、夫婦や恋人関係においても、こういうもんだろうと思っていると、転がり落ちて行く。

映画も同じで、絶えず驚かせたり、新しい提案をしていくことで、映画って面白いなと思ってもらえる。それが1800円を払って、2時間の時間を使ってもらうことへの対価。「人間は、自分の想像を超えた、思ってもみないことが起こった瞬間に心が動く生き物」。みんながこう思うだろうということをちょっと裏切ったり、ずらしたりしながら、観客の心を動かして行く。劇中の音楽にしても、音楽を入れる時は自分のイメージよりも一拍遅く入れる。音楽が鳴っている中で感動のシーンが起こるよりも、観客が感動を発見してから、背中を押すようにすっと音楽が入ると、泣ける。見る人の感覚をちょっとずつ裏切る、そういう仕掛けをスピルバーグ監督なども、やっている。

定説は危ない

成功体験は、その瞬間の成功体験でしかなく、1年後や2年後の成功とは関係がない。何かがうまくいった時や、褒められたことは、その瞬間が気持ちいいので同じことをやりたくなるけれど、そこに正解はない。イチローは毎年フォームを変える。どんなにヒットを打っていても、研究される前に変える。そしてヒットを打ち続けている。やはり自分で自分の成功体験をひっくり返して、ちょっとずつ、先へ変わっていかないと面白いものは作れないと思う。

定説というのは一番危ない。「表面的に見えていることって、実はもうそこに正解がない」。今は時代が暗いから、笑って泣けてハッピーエンドな映画が見たい、とみんなが言い出したら、あ、もうここに正解はないな、と思う。普段の生活でもそう。辛い恋愛をすると流した涙の数だけ人は成長する? そんなのはたぶん嘘で、人はまた同じ恋愛を繰り返していく。年を重ね経験を重ねるほど聖人みたいになっていく? そんな人は見たことがない。人はそこが面白い。神様は残酷だなと思う。そんな風に定説の見方をちょっとずらすだけで発見になる。世紀の大発見なんてもう転がってないけれど、身近なところで発見できていないことはいっぱいあって、それが映画作りにつながる。

映画は教科書じゃない

映画『告白』があれ程支持されたのは、それが今までにない新しいもので、怖いもの見たさも含めて大衆は反応したのだと思う。『告白』が突きつけているテーマに対して、許せないと言う人もいっぱいいる。これを見て、今の中学生が影響されたらどうするんだ。全うな意見だと思う。でも「エンターテイメントのいいところは、教科書じゃないところ」。あのような人間の残酷性を見せつけられた人は、そこから、あれはやっぱりよくないし、自分の家族もあんな目に合ってほしくない、という良心が発動する。映画はそれでいい。見る人がそれぞれの結論や感想や意見を持てばいい。人間はそこまでぐさっと心に一刺しされてからの方が、正しく生きようとか、本当に大切なものって何だろうと、自分で見つけるものだと思っている。ハッピーだったことよりも、残酷だったことの方が人間は忘れない。残酷なことの傷を癒していく過程で、人間の善意や生きていこうという生命力が生まれると思っている。『モテキ』の時に恋愛の話を聞いてまわったけれど、みんなよかった時の恋愛の話を聞いても、うろ覚え。だけど自分の恋愛で一番悲惨だった、みじめだった一日の話を聞くと鮮明に覚えている。それを聞くとおもしろい。最高に笑える。恋愛に限らず、男はたとえば、仕事でみじめだった日を覚えている。実はそこが自分の今の活力の元になっていたりする。ものすごい負の瞬間がプラスのエネルギーを生み出している。

『告白』は米国アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされ、その前哨戦と言われるパームスプリングス国際映画祭で上映された。観客はアカデミー会員の白人のおじいちゃんやおばあちゃん達。最後の台詞が字幕に出た瞬間、そのおじいちゃんやおばあちゃん300人位が“Oh, my God!!!”と揃って声をあげた。それはもう、すごい快感。上映後も、「最悪だった」と言って帰る人や、「最高だった」と叫ぶ人がいて、狙い通りの反応をしてくれたことはすごく嬉しかった。映画を作っていてよかったな、と思った。

現代のハッピーエンド

みんなもう気付いている。何かを得るためには何かを失わないといけない、というのはセット。来春公開予定の『宇宙兄弟』はすごくハッピーエンド。ハッピーエンドという苦手なジャンルに今取り組んでいる。みんながみんなハッピーという時代では、もうない。現代において、誰かの幸せは、誰かの不幸の上に成立している。そういう現実も含んだうえでの「ハッピーエンド」をずっと考えている。そっちの方が深い。みんながみんなよかったねってことはあり得ない。もちろん、そういう映画があってもいいのだけれど。

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「結局人間は、生まれてから死ぬまで、上手に生きる瞬間がない」。上手に生きられていない、もっとうまくやれるはずなのに、というところの、理想と現実の段差が面白い。映画をより理解するために何回も見た方がよさそう? という質問に、「気分が向けば」という答えが現代っ子の川村さんらしい。漁師はこれからも色々な海を渡っていくのだろう。

取材・写真 篠田英美

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